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『リンネとその使徒たち』学名による命名法の創始者と鎖国令下渡来したツェンベリーなど使徒の探査に意外な事実が浮かび上がる。

■リンネとその使徒たち■


【二名式命名法】による学名が、近年の自然科学の一端を担う画期的命名法として使われている現在、創設当時の世相や【リンネ】の根本思想など意外な事実に驚かされる。【リンネ】が植物を体系付けた時代背景がまとめられ、認識を新たにさせられる一冊。

『地球創造の目的は、自然の事物を通じて神の栄光をただ人類にのみ知らしめんがためにある』【自然の体系】第10版(1758^59)。生物間や生物と環境の間のバランスを『恩寵ある神の配慮のたまもの』としていた【C.リンネ】(1707~78)に対し、自然選択の結果とした【C.ダーウィン】(1809~82)との間にちょうど1世紀の差がある。
【C.リンネ】にとって、『自然を研究することは宗教的行為にほかならなかった』と著者の解説に18世紀中頃の自然観が読み取れる。

『神がいかにこの世界を整然たる秩序ある美しいものとしてつくり給うたか』を調べ研究するため、地球規模での探査に愛弟子達が使徒として活躍することになる。多くの使徒のなかより【ペール・カルム】【ペール・フォッスコール】【カール・ペーテル・ツェンベリー】3名を選び、その探査状況と成果がまとめられている。過酷な行程、現地住民との軋轢、感染症など当時の遠征状況を垣間見ることができる。

なかでも、長崎出島に滞在した【ツェンベリー】についての記述は、【ケンペル】【シーボルト】など馴染みのある歴代の植物研究者も登場し、読みごたえある章。日本にとっての3賢人の状況も丁寧な解説があり分かりやすい。



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西村三郎(にしむら・さぶろう)著
1997.11.25. 第一刷
朝日選書 588




★★★☆☆ 難易度
★★★★☆ 蘊蓄度
★★★★★ お勧め指数
★★★★★ 保存版
★★★★★ 編集、構成
★★★★★ 総合評価


 



◆ 感銘・共感・知見の一文 ◆

◎【自然の体系:Systema naturae】 ★Keyword=【自然の体系】 P29
1735年、初版(12ページ)。ここで、自然の3界(動物界・植物界・鉱物界)の体系化を試みた。
◆【リンネ】の根本思想
・植物において、「結実」こそが最も本質的“属性”で、これにより神が命じた如く繁栄することが理由にある。神は、この“属性”に基づき区別を定めたに違いなく、受精現象に御心が最も明示されているはずで、分類し体系化する唯一の基準である。花冠や葉、幹などは植物の本質と関係なく、これらを基準に分類することは神慮にそぐわないもので異端に他ならない。
・【リンネ】は、この体系化を通じて
『神がいかにこの世界を整然たる秩序ある美しいものとしてつくり給うたか』を証明しようとした。
『自然の謎を解き明かすべく選ばれた人間、造化のなかに秘められた神の御業と栄光を顕現するために召命された預言者』とさえ考えていた。
『自然を研究することは宗教的行為にほかならなかった』と著者の解説がある。
☆これを実現するためには地球規模での採集調査が必要で【リンネ】の愛弟子達で使徒と呼ばれる人達がここに活躍することになる。

◎【植物の種:Species plantarum】P36
1753年、全2巻(1200ページ)を出版。世界中で知られていた植物約7300種を、【二名式命名法】にて記載した初の著書。後に『植物学のバイブル』と呼ばれる重要な著作。
・動物の二名式命名が全面的に記載されたのは1758~9年刊行の【自然の体系第10版】。



◆ ポイントひろい読み ◆

○「16、17~18世紀のヨーロッパ」P5
 16世紀
・新しい時代への歴史的転換期、宗教改革の嵐の時代。
 17世紀
・不安定な気候により飢饉が頻発し疫病が流行した時代。華麗なバロック時代、輝かしい科学革命の時代と時を同じくして、魔女狩に代表される陰惨な裁判があり、不安と不信の時代でもあった。
 18世紀
・気候が回復し、解放感、安堵感に満ち人口も増えた。宇宙、自然などの新事実や法則性が明らかにされ、大航海時代に引き続く海外進出運動の到来で全地球規模の自然や文化の膨大な情報がもたらされた時代。
★過去数世紀にわたる膨大な情報を合理的に体系化し普及する必要性が増えた時代でもあり、ここに【カール・リンネ】が登場する。

○【二名式命名法:binomial nomenclature】★Keyword=【種小名】【二名式命名法】 P10
・現在世界中の生物種は、一定の形式により学名が命名される。この形式の創始者が【カール・リンネ】。
・属を表す【属名】と種を表す【種小名】を組み合わせ表現したのが【二名式命名法】で、ラテン語あるいはラテン語化して表現される。
★中世以来、ヨーロッパでは学問的著述がラテン語がつかわれた名残。学名は万国共通のため国際的に正確に同定できる利点がある。それ以前、複雑で不安定であった生物の名称を、簡潔にかつ普遍性をもった表現にすることができた。【カール・リンネ】が『近代生物分類学の父』と称賛されるほどの意義ある不滅の功績。

○「18世紀ヨーロッパの【博物学】」★Keyword=【博物学】 P13
・【博物学】の評価は今日とは全く異なり、種を見分け秩序ある系統に配列する学問は当時最高の学問として認知されていた。世は啓蒙思想の時代のなかで【リンネ】の植物分類体系は時代に適合したものと称され、晩年には貴族に列せられる。
・ルネサンス時代に端を発した【博物学:natural history】は、王侯貴族の間で「珍品収蔵庫」「珍品陳列室」を設け、自然界の珍奇な標本、異国の動植物、美しい鉱石などを陳列することが流行した時代。
・富裕な一般市民にも【博物学】の趣味が広がり、ヨーロッパ中が【博物学】にフィーバーするほどの状況となる。

○「当時の植物分類」P20 
 自然物の中で最も体系化されていなかった植物 
・動物、鉱物については古代ギリシャ、中世ルネサンスから大枠の体系化がされていたが、植物は研究者ごと見解が異なる状況。
・ジョン・ルイ(英)は子葉の数を基準に、トゥルスフォール(仏)は花の形を第一の基準とした。花冠の形は千差万別で、単子葉・双子葉の区別をしないことから、人為分類的要素が強く複雑で一般には理解し難い分類。
 知られていなかった植物の性
・当時、雄しべ、雌しべがあることは知られていたが、どのよな働きをするかは皆目見当もつかない状況。なん葯は不要物の排泄器官とみなした説もあるほど。生殖器官として理解されてくるのは、17世紀末。
・ここで【リンネ】は、植物の繁殖で重要な役割を担う「雄しべ」を基準に24綱に分類、具体的にはその数と在り処により分類した。雄しべが1本の植物は「第1綱」(カンナ・ショウガなど)、2本の植物は「第2綱」(イヌノフグリなど)と分類し、最後の「第24綱」は雄しべのない隠花植物(コケ類・藻類)とした。
次に基準としたのが雌しべの構造で、単一・二分・三分…とした。
★雄しべのか数、雌しべの数など誰にもわかる明瞭な基準により分類するため、予備知識がなくても使いこなせる体系で、「性体系:systema sexuale」「24綱体系」と呼ばれる。
☆現代では、まったくの人為分類であり、かえりみられることもない。



◆ チェックポイント ◆

○「著者が選んだ3人の使徒」
◆【ペール・カルム:Pehr Kalm】~新大陸北米へ P43~
1747年、イギリス経由で新大陸アメリカへ向け出発。
・【P.カルム】のノートには植物のほか、ウシガエル・アライグマ・リョコウバトの記載がある。

【リョコウバト:Passenger pigeon】
・北アメリカの特産のハト科の鳥で、独自の属に分類される。餌を求め大群で移動することから“Passenger pigeon:旅行鳩”と呼ばれた。
・開拓時代当初は50億羽以上もいたと推定され、大群が飛ぶと日射しを遮るため暗くなったといわれる。乱獲のため、1896年頃野生のものは絶滅し、飼育されていたものも1914年に死亡し、完全に姿を消した。
・1749年【P.カルム】は「私が味わった鳥肉の中で最上のもの」と記した感想が紹介されている。
★絶滅は、農地拡大、鉄道敷設による森林伐採、穀物を食害するために無差別的殺戮されたことが主な原因とされる。

【カルミア:Kalmia angustifolia】
・【リンネ】が愛弟子の業績をたたえ北アメリカ原産のシャクナゲの仲間に【カルム】の名を属名として命名したのが“カルミア”。

【P.カルム】がアメリカから持ち帰った有用植物
・クワ(アメリカ品種)、アメリカグルミ、トウモロコシ、ジャガイモ、イネ(野生種)、サトウカエデ、エンピツビャクシン(鉛筆材)、ヌマヒノキ、薬用ニンジンなど。これらは北欧の気候に耐え生育できたが、産業に貢献した種はなかった。

◆【ペール・フォッスコール:Pehr Forsskal】~アラビア P107~
1761年、エジプト・紅海経由で目的地イエメンへ向け出発。
・焼けつく炎天下の過酷な環境のなかで、悪性マラリアにより31歳の若さで客死する。一行6名中生還できたのは1人だけの過酷な旅となる。この悲惨な最期となったアラビア半島イエメンの土地は、「幸福のアラビア」と呼ばれ「乳と蜜の流れる幸福の国」。この地で古くから文明が栄え、富裕な国家建設がされたのは、香料の特産地であったためで、この調査が【P.フォッスコール】目的の一つ。

【乳香】【没薬(もつやく)】【ギレアデ香】など古代人が珍重した香料の特産地。
・宗教儀式に欠かせない。祭壇で焚かれた香料により礼拝者はこの世ならぬ恍惚感を覚え、また高価な香料を焚くことは神への帰依の証しでもあった。最も珍重されたのが【乳香】、刺激的な【没薬】は医薬、防腐に使われエジプトでミイラ製作時に大量に使われた。
・これら香料は、アラビア半島南西部と対岸の東アフリカのソマリア及びジプチ地方に限り生育するため、ここの住民は香料貿易を独占、なかでもイエメンには莫大な利益をもたらしていた。(B.C.8に王国は絶頂期)
★古代エジプトのハトシェプスト女王が香料を求め派遣した「プントの国」とは東アフリカのほか南アラビアも含まれるとする説がある。
★植物分類は何れも【カンラン科】に属す植物で、枝に樹脂が滲みだし、芳香が漂うという。
■用語■
■【乳香】
カンラン科ボスウェリア属の樹木から分泌される樹脂。南アラビアのオマーン、東アフリカのソマリア、インドに分布し、 樹皮に傷をつけると樹脂が分泌され、固まると乳白色になる。
■【没薬(もつやく)】
カンラン科コンミフォラ属:Commiphora(ミルラノキ属)の樹木から分泌される樹脂。没の語源は苦味を意味するアラビア語。
■【ギレアデ香】
傷​を​癒す​ため​に​用いられた芳香​性​の​樹脂​。乳香の​原料​と​なる​​木​が​ギレアデ​(ヨルダン川東岸の地名)で​特に​よく​生育​した​ことから【ギレアデ​香】として​知られる​。
■【カンラン科;Burseraceae】
APG植物分類体系ではムクロジ目、他の分類体系ではミカン目に分類される。亜熱帯から熱帯に分布。

【フォッスコーレア・テナキッシマ:Forsskalea tenacissima】
【リンネ】が愛弟子の訃報を知り【フォッスコール】の名を冠した植物は、イラクサ科の一種。tenacissimaは最も頑強なという意。見映えのしない雑草に彼の名を冠するのは故人への冒涜とも受け取られたが、不撓不屈の弟子にふさわしい不滅の記念碑であると著者。

◆【カール・ペーテル・ツェンベリー:Carl Peter Thunberg】~喜望峰~日本 P193
(★Carl Peter Thunbergは、日本語表記にいろいろあり、ツンベルク・ツンベリー、ツュンベリー、ツェンベリー、チュンベリー、などなどで資料など検索しても紛らわしいこと極まりない)
当初、喜望峰の探索を目的にしていたが、オランダ東インド会社の船に便乗し日本へも探索の足を延ばすことになる。
・1771年、喜望峰へ向け出発。~1775年、日本へ向け出発。1775年8月13日長崎へ到着。1776年12月3日まで1年4か月滞在。毎年3月に行われる江戸への参府に随行。(1776年3月4日出発)往路に50日もかかり植物や昆虫を採取の機会を得ることになる。復路に大阪の植木屋で、アムステルダムへ送る大量の植物を買い求めている。(1776年6月29日出島に帰着)
・オランダ商館付の医師として来日し『日本植物誌』(1784年)を出版。「日本のリンネ」と称される。その後も日本の多くの植物を紹介し、総計401属812種にのぼる。(★このうち26属390種を発見命名している)

 日本の鎖国
・1639年(寛永16年)の鎖国令により、幕末までの200年あまりヨーロッパ人にとって神秘の国であり続けた日本。はじめてヨーロッパに紹介されたのが、マルコ・ポーロの【東方見聞録】(1298年)。次はイエスズ会の宣教師が本部へ送った書簡(1543年)。その後、イエスズ会と関係しないオランダ人と中国人だけが長崎出島での監視下の交易に制限された。
・幕府はオランダ東インド会社(VOC)所属であればオランダ人でなくても渡来は許していたため、【ケンペル】(ドイツ人医師)、【P.ツェンベリー】(スウェーデン人)が渡来し植物収集をすることができた。

「【喜望峰界】の植物探索」P210
約14万km2(ジャワ島ほどの地域)に豊かで固有の植物相があり、6区分けされる地球上の植物界の1つ。高等植物が7000種以上で固有種が多く、7科210属を数える。フリージア・アガパンサス・ガーベラ・マツバギク・グラジオラス・アスパラガスなど。(日本は0~1科10属でしかない)
・3000種以上を採取し記録を残している。(★このうち1000種余りを発見命名している)

【エンゲルベルト・ケンペル】(日本滞在2年1か月
1690~92年にオランダ商館付の医師として来日し、江戸参府に2度随行。
・『日本の植物』に精巧な図版とともに記述しているが、【二名式命名法】以前であり、ラテン語による命名もなされなかった。
★学名として正式に命名したのは【ケンペル】の80年余り後に来日した【P.ツェンベリー】で世界に紹介し大きな功績を残す。

【フランツ・フォン・シーボルト】(日本滞在6年
【P.ツェンベリー】が1784年に完成させた『日本植物誌』は、48年後の1823年に【シーボルト】が来日した折りに紹介された。

【P.ツェンベリー】を学名に冠した植物
【P.ツェンベリー】が活躍したころ【リンネ】はかなり衰弱し、大旅行から帰還したときにはすでに亡くなっていたため、愛弟子の業績をたたえ直接恩師が授けた学名なはい。
・ほかの研究者から捧げられた学名に【ツェンベリア属】がある。以前、彼が喜望峰で採取した植物に基づき創設された属。



LINNAEUSSUEANNIL  折に触れ読み返す一冊  LINNAEUSSUEANNIL

【ケンペル】(1690~92来日)、【ツェンベリー】(1775~76)【シーボルト】(1823~28)と、それぞれ時期を隔て渡来しているが、この間の我が国はいずれも鎖国中。いやはや随分と長い間“鎖国”状態が続いていた…驚きの長さである。

その間、ヨーロッパの生物科学は【二名式命名法】により系統的にまとめられ、博物学から生物科学へと進展していた。もし、【ツェンベリー】が喜望峰探査後、はるか極東の小国まで足を延ばさなければ、日本の植物学は随分と違った道を歩んでいたかもしれない。我が国が鎖国をしていたこの時代に、植物を含めて生物探査が地球規模で展開されていたことに改めて驚かされる。それもあの【リンネ】の使徒としての探査であったことは一層感慨深い。

本書は、これら使徒たちについての状況が端的にまとめられ、当時の命がけの探査の様子がよくわかる。しかし、読み手が、なるほどと感心しているいくつもの逸話や記録は、つぶさに調べまとめた著者の大変な尽力があってのことと思われる。

'97年に選書版になってからもかなりの年月がたつが、折に触れ読み返す一冊で、読み返すほどに著者が本書に込めた想いが伝わってくる大切な一冊である。




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